2012年 03月 11日
3.11
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毎日繰り返される、鬼気迫る様な面持ちの首相・官房長官の会見。その言葉からは将来への光明は感じられず、事態は防ぎようの無い最悪のシナリオに向かっているかの様な不安感。メディアを通じて毎日視界に飛び込んでくる、目を疑う様な、まるで地球の終焉を題材にしたパニック映画のワンシーンを見るかの様な光景。度重なる余震。緊急地震速報が何度となく発せられ、その度に中腰になって身構える。計画停電と言う、今まで耳にしたことのない施策がなされ、毎朝新聞を広げるのと同じ様な感覚で東京電力や市のHPにて停電予定をチェックする日々。駅にはシャッターが降り、どこもかしこもが節電により薄暗い生活。ガソリンが無い、電池が無い、ペットボトルの水が無い。私の周辺環境など、被災地の惨状やそこに暮らす人々の地獄の苦しみとは比べようも無いのだが、とにかく日本が、何もかもが絶望に向かっている様な錯覚に陥った。

あれから1年、365日が経過した。ごく一般の生活は戻ったかの様に見える。被災地も復興に向けて動き出しているかの様に見える。あれほどに周知された節電と言う言葉も、今では忘れ去られたかにも感じる。震災や放射能のことが新聞の1面に載らない日も多くなった。済んだことを振り返っても、そこにはさほどの意味は無いのかもしれない。前を向いて、ただひたすら元通りにすることだけを考えるべきなのかもしれない。しかし、今日だけはあの出来事を思い出したいと思う。毎年、3月11日14:46が来るたびに思い出したいと思う。同じ揺れを共有した端くれとして、あのたった数日で突然に命を落とした人々のことを思い浮かべたいと思う。そして、普通の暮らしを送れることがどんなに尊いことなのかを改めて考えたいと思う。

by kotodaddy | 2012-03-11 14:46 | その他


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